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浦和地方裁判所 昭和44年(モ)1213号 判決

申立人

株式会社芝浦電子製作所

代理人

鵜沢普

上野隆司

被申立人

高岸栄次郎

代理人

江沢義雄

外二名

主文

被申立人、申立人間の当庁昭和四一年(ヨ)第九三号特許権侵害禁止仮処分申請事件について、当裁判所が昭和四一年三月二八日なした仮処分命令を取り消す。

訴訟費用は被申立人の負担とする。

この判決の第一項部分は仮に執行することができる。

事実〈省略〉

理由

一〈略〉

二次に、右無効審決の取り消される可能性について考察する。

先ず、特許庁のした前記無効審決の理由は、特許請求の範囲に記載された本件特許(第三一六、七八〇号)発明と公知文献に記載されているサーミスタと固定抵抗器を複数個組み合わされた回路網(以下引用例ともいう。)との差異は単なる表現形式上の差異にとどまり、実質的に差異は存在しないと認めたことに基づいていることは前記のように当事者間に争いがなく、したがつて、本件特許は旧特許法第一条の規定に違反して与えられたものとして、無効にされたことが推認される。

被申立人は、本件特許発明の目的について、温度特性に偏差(バラツキ)のある一群のサーミスタの各々に、適当な補償回路網を接続して得られる各感温回路網が、予め選定された三温度点において、特定の三つの合成抵抗値を共有することにある。換言すれば、どのような合成抵抗値を選択すれば、与えられた一群のサーミスタを無駄なく使用することが可能かという問題に解答を与えることにその目的があり、これらのサーミスタが三温度点において共有すべき合成抵抗値とを発見することができたならば、既にその目的が達せられたのであり、個々のサーミスタに如何なる補償回路網を接続すべきかという問題に対して解答を答える意図を持つておらず、したがつて本件特許請求の範囲に記載された二つの関係式はサーミスタの抵抗値と合成抵抗値との間の相互関係を明らかにするものであり、補償回路網の各固定抵抗値は両式に全く現われていない旨主張する。右被申立人の主張によれば、本件特許発明の要旨はサーミスタ抵抗装置の発明ではなく、方法の発明あるいはサーミスタ抵抗装置の設計方法、すなわち三温度点における各合成抵抗値の選定方法に関する発明といわざるを得ない。

しかし、〈書証〉によれば、被申立人・申立人間の特許権侵害等請求の本案事件において、被申立人は本件特許発明は物の発明であると主張していることが認められ、同仮処分申請事件において、右の主張をなすとともに、申立人の製作していた芝浦電子「互換型サーミスタ」が本件特許発明の技術的範囲に属することの疎明として、芝浦電子の製品の諸数値を単に測定してこれらの数値が前記第一関係式および第二関係式を満足させていることを理由として右「互換型サーミスタ」が本件特許発明の技術的範囲に属するとした鑑定書を当庁に提出していることが記録上明らかである。しかし、被申立人も主張するように、互換型サーミスタが右第一関係式と第二関係式を満足させることは自明のことである。本件特許発明がサーミスタ抵抗装置の設計方法すなわち三温度点における各合成抵抗値の選定方法の発明であれば、前記の鑑定は全く無用、無意味であり、サーミスタ抵抗装置の各合成抵抗値を決める際に本件特許発明の方法を使用したか否かが唯一の争点となるはずである。しかし、被申立人はこの点につき鑑定その他の立証活動を行なつていないのであるから、合成抵抗値の選定方法には全く関心を持つておらず、これを無視していたのである。したがつて、被申立人は、本件特許発明をサーミスタとこれに縦続された抵抗回路網とから構成され、三温度点においては第一関係式、一温度点においては第二関係式を満足するようなサーミスタ抵抗装置であると考えていたといわざるを得ない。

以上のように、被申立人の本件特許発明に関する主張は全く矛盾している。被申立人が本件特許発明の要旨を方法の発明であると主張することは前記仮処分申請事件に重大な影響を与えることになる。

〈書証〉によれば、被申立人は特許無効審判事件において本件特許発明の要点が一群のサーミスタ抵抗装置の製作に当つてその合成抵抗値をいかに選定すべきかという合成抵抗値の選定方法に存し、特許請求の範囲にもその思想がもり込まれている旨主張し、申立人は本件特許発明がそのような選定方法を全く含んでおらず、単なる装置の発明と考え、本件特許発明と公知文献に記載されている装置が同一である旨主張して争われたことが認められ、〈書証〉によれば、そのような申立人と被申立人の主張に対して、特許庁は、被申立人が従来考えていたように特許請求の範囲に記載されている本件特許発明を装置の発明であると考えて審決したものであることが認められ(したがつて、合成抵抗値を選定する方法を無視するのは極めて当然であり、出来上つた製品を比較して同一と判断し、設計過程の差異すなわち合成抵抗値の選定方法を考慮していないのである。)さらに、〈書証〉によれば、被申立人は東京高等裁判所における無効審決取消訴訟において同様に本件特許発明の要旨が方法の発明であることを前提にして争つていることが認められる。

発明の技術的範囲は特許請求の範囲の記載により決められるべきであるから、以下、右記載により前記審決の当否について検討する。

右〈書証〉によれば、本件特許請求の範囲の記載の意味内容は極めて不明確である。その理由は、被申立人も主張するように発明の要旨が三つの合成抵抗値の選定方法にあるのにかかわらず、サーミスタ抵抗装置で特許を受けているところに存すると推測される。被申立人も主張するように、本件特許発明には一群のサーミスタ(少くとも二個以上)の存在が前提とされるべきである。それにもかかわらず、特許請求の範囲にはあたかも一個のサーミスタについて記述しているのみであるから(該サーミスタ特性に若干の偏差ある場合にも一定の合成特性が保たれているという記載はあるが、効果に関する説明にすぎず、発明の要件に関する記述ではない。)、被申立人の主張する情報内容をその記載から汲み取ることは極めて困難である。なんとなれば、サーミスタの一個についての記載にすぎないとすれば、本来そのサーミスタを使用すれば足りるからである。前記特許請求の範囲の記載によれば、本件特許発明は、サーミスタとこれに縦続された抵抗回路網から構成され、三温度点と一温度点におけるサーミスタの抵抗値と合成抵抗値が第一関係式および第二関係式を満足されるように各合成抵抗値が選定されるべきことを要件とするサーミスタ抵抗装置ということであるが、引用例のサーミスタ抵抗装置の数値も第一関係式と第二関係式を満足していることは極めて当然のことであつて、その場合にも合成抵抗値が意識的にせよ無意識的にせよ選定せられていることは明白である。したがつて、右両式を満足するように合成抵抗値を選択するという記載のみでは、具体的にどのように選択するのか不明であつて、被申立人の意図している、一群のサーミスタが存在する場合に、サーミスタ抵抗装置を設計するに当り、一群のサーミスタの抵抗値を具体的に第一関係式、第二関係式にあてはめ、選択しうべき三つの合成抵抗値の範囲を確定するという方法を述べているとは解釈できないからである。右の記載が一個のサーミスタについて述べているにすぎないから、一層被申立人の意図している内容の把握を困難にしている。したがつて、特許請求の範囲の記載を素直に解釈するならば、本件特許発明は、サーミスタとこれに縦続された抵抗回路網から構成され、三温度点と一温度点におけるサーミスタの抵抗値と合成抵抗値が第一関係および第二関係式を満足することを要件とするサーミスタ抵抗装置と理解せざるを得ない。このような本件特許請求の範囲の解釈は、被申立人と申立人間の前記仮処分申請事件および特許侵害禁止等請求の本案事件において、そももそ被申立人が主張していたところである(合成抵抗値の選定過程を考慮しないで、本件特許発明をサーミスタ抵抗装置という物の発明である旨の主張をさす。)。そして、本件特許発明が右にいうサーミスタ抵抗装置である以上、引用例の装置と同一であることは明白である。被申立人は、本件仮処分取消申立事件において突然その主張を変更しているけれども、全く不可解なことといわなければならない。本件特許請求の範囲に記載されているところの発明がサーミスタ抵抗装置である以上、装置と方法に関する比較はそもそも不可能なことなのであつて、被申立人の引用例と本件特許発明との間の差異に関する主張はすべて失当である。

以上のべた理由により、右審決は正当であつて、東京高等裁判所において取り消されるおそれはないというべきである。したがつて、本件特許権を無効とする旨の審決がなされ、右審決が上級審においても取り消されるおそれはないのであるから、仮処分決定を取り消すべき事情変更の事由があるものといわなければならない。

三それゆえ、本件仮処分取り消申立は理由があるからこれを認容することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条、仮執行の宣言につき同法第一九六条をそれぞれ適用して主文のとおり判決する。(堀部勇二 松沢二郎 安斉隆)

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